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新潟地方裁判所 昭和30年(ワ)43号 判決

主文

被告は原告に対し金四万円及びこれに対する昭和三十年三月二日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

原、被告両家が共に同部落の農家であつて、原、被告は昭和二十八年八月二十日婚姻をし、その間に長女恵子を儲けたが、昭和三十年二月二十一日協議離婚をするに至つたことは当事者間に争いがない。以下に婚姻するに至つた経過及び協議離婚をするに至つた事情について考察する。原告及び被告の各本人訊問の結果を綜合すれば、原告は昭和二十七年十一月頃(この点原告は九月頃と供述しているが真実ではないと認められる。)村松町に映画を観に行つた帰路、被告よりいどまれて肉体関係を結んだが、その結果原告は妊娠するに至つたので、原告と被告とは婚姻することとなつたものであつて、当初よりその婚姻は双方の積極的な希望であつたことは必らずしもいえない事情にあつたことが認められ、(尤も、被告本人の供述には、被告ははじめから原告を妻にしたい気持があつたとあるけれども、訴外渡辺渉からの交渉を受けて、はじめて原告が妊娠したことを知り、而もそれが出産の一週間位前であつたとの被告本人の供述と照合すれば、容易にこれを信じ難い)、更に証人渡辺渉、同増田文治の各証言及び被告本人訊問の結果を綜合すれば、被告は原告と昭和二十八年十二月二十七日結婚式を挙げ、その時から同棲する様になり、三箇月間位は別に風波の立つ事もなかつたのであるが、昭和二十九年五月頃より漸次被告の原告に対する態度は冷淡なものとなり、夜遅く帰宅しては睡眠中の子供を起し、これをいじめて間接に原告をいじめつけ、または原告に対し、殴る、蹴るの暴行を働き、更にはかつての古なじみの女の写真や手紙等を見せつけて嫌がらせをする等、肉体的、精神的苦痛を与えたことが屡々あつたこと、昭和三十年一月二十日頃被告は夜十時頃帰宅するや、子供が泣きやまないと云つて怒り出し、原告に対し殴る蹴るの暴行を働くのみならず、子供をも殴りつけ、挙句の果て、原告に対し、「お前の様な地蔵様(役立たず)の様な者と一緒に居れない、出て行け」と怒鳴りつけるので、原告は子供を連れて午后十一時頃実家に帰つたこと、その後一週間程して原告の実父と媒酌人渡辺渉とが被告方を訪れ、被告の真意をただしたところ、被告は「夫婦として生活することが出来ないから離婚したい」と返事するのみであつたので、原告は止むなく離婚することに決意し、その実父及び訴外渡辺渉を通じ離婚届を作成して被告の捺印を求め、結局協議離婚をするに至つたことが認められ、以上認定の事実に反する被告本人の供述はいずれも措信し難く、また他にこれを覆えすに足る証拠もない。もつとも被告本人の供述に依れば、被告が夜勤等のため夜遅く帰宅することがあつた際、原告は寝ていて、被告を出迎えない事実のあつたことは認められるけれども、被告本人の供述に依れば、これはむしろ被告が、「お前の様な者の顔等見たくもない」といつていじめるので、原告の方からこれを差控えていたものと認められる。従つて原告は、被告の上述の不当な仕打の為、不本意乍らも離婚するのやむなきに至つたものというべきであり、被告の右不法行為に原因する本件協議離婚に依り精神的損害を被つたものとして、その慰藉料を請求し得るものといわなければならない。もつとも、本件離婚は協議離婚であるけれども、協議離婚であるからといつて、それが相手方の不当な仕打によりその挙に出でざるのやむなきに至らしめられたものである以上、これによる慰藉料の請求を妨げるものでもなく、亦本件の如く被害者に於て万やむなく協議離婚の申込みをせざるを得なかつた場合にあつては、協議離婚と同時にこれに依る慰藉料請求権の抛棄があつたと認めえないことはいうまでもないところである。よつて進んで慰藉料の数額を考案するに、原、被告双方の実家が農家であることが当事者間に争いのないところであることは前記のとおりであり、更に原告本人訊問の結果によれば、原告の学歴は小学校六年卒業であり、また被告との婚姻は初婚であつたことが認められ、被告本人訊問の結果によれば、被告は実業学校卒業後土地改良区の事務員として勤務し、俸給月額金七千弐百円の支給を受けているものでありまた、被告家の資産としては、その祖父において、田約八反歩、畑約七反歩、家屋及び宅地を所有していることが認められる。これに前記認定の諸事情を考量して本件慰藉料の額は金四万円が相当であると認むべきである。

従つて、被告に対する原告の本訴請求中、金四万円及び之に対する本件訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和三十年三月二日以降完済に至るまで、年五分の法定利率に依る遅延損害金の支払を求める限度に於てのみこれを正当として容認し、その余は失当としてこれを棄却することとし、尚仮執行の宣言については、特にこれを必要と認めえないから、之を付さないこととし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 真船孝允)

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